コレペティトールのお仕事④ 舞台編

前回のコレペティトールのお仕事③実働編では、リハーサル室での通し稽古までの業務についてお伝えしました。

今回は、その後のオーケストラ歌合わせ、舞台稽古、公演等での仕事についてご紹介します。

ピアノ舞台稽古では、公演の行われる会場のオーケストラピットの中で、ピアノ一台でオーケストラの役割を担います。
暗いピットの中で指揮者と二人きりという特殊な状況です。

公演中も直前のアンサンブル確認稽古で弾いたり、舞台裏で演奏することもあります。

その内容について具体的に書いていきたいと思います。

オーケストラ歌合わせ

舞台稽古に入る前に、オーケストラと歌の合わせが行われます(略してオケ合わせ、ドイツ語ではSitzprobe)。

劇場内の広いリハーサル室やオーケストラ所有の練習場などに、オーケストラと歌手、合唱団が全員集まって合わせをします。
それまでピアノ伴奏で稽古をして来て、初めてオーケストラと歌手が一体になる興味深い瞬間です。

歌手は演技をつけず、譜面を見ながら、また指揮をしっかり見ながら歌唱します。

ここではコレペティトールの業務は基本的にありませんが、立ち会ってテンポやタイミングなどをチェックするようにしています。
これまで見て弾いてきた指揮で、オーケストラがどんな演奏をするのか、どんな音になるのかも楽しみです。

オケ合わせでの音楽的傾向を知っておくことは、その後の仕事の助けになります。

オーケストラになると、ピアノで弾いていた時とはテンポが変わることもしばしばです。
指揮者の振り方も変わってきますし、オーケストラによって指揮に対して音を出すタイミングも違いますので、注意深く観察し、その後のピアノ舞台稽古で弾く時の参考にします。

例えば東京フィルハーモニーさんと東京交響楽団さんでは、音の出るタイミングがかなり違います。
また、指揮のスタイルによって、打点とほぼ同時に音が出る場合と、打点よりかなり後に音がでる場合がありますので、その時の指揮者とオーケストラの組み合わせでどのようになるのか、知っておくと有益です。

もちろん舞台の大空間に行けばまた変わりますので、その都度対応するしかないのですが、オケ合わせの様子を踏まえた上で、オーケストラの反応を想定しながら弾くよう心がけています。

以下のリンクは、2016年5月に参加した新国立劇場「ローエングリン」のオケ合わせの様子です(新国立劇場Facebookより)。

https://www.facebook.com/nnttopera/posts/1091901480876130

再演などで稽古期間が短い場合は、オケ合わせを行わずに舞台稽古に入ることもあります。  

舞台稽古

オケ合わせが終わると、舞台稽古に突入です。
舞台稽古の最初の3日~4日間はピアノ伴奏で行われ、ピアノ舞台稽古と呼ばれています。

公演が行われる会場のオーケストラピットにピアノが一台置かれ、オーケストラの代わりに一人で弾きます。

指揮者は舞台上とのコンタクトが取れるように、台の上の高い位置で振りますので、指揮者を見上げながら弾く感じです。

ピットの中は暗く、譜面灯の明かりで弾くため、リハーサル室で弾いている時とは違った感覚になります。
弾きやすいよう明るさや角度などを丁寧に調整してくださる舞台スタッフの方々には感謝しかありません。

歌声はピットの上を飛び越えて客席に届きますし、舞台装置や歌手の立ち位置によっても声が聞こえづらかったり、遅れて聞こえたりします。

舞台上で起きていることは何も見えず、見えるのは指揮だけです。
聞こえ方に戸惑ったり、合わせづらいこともありますが、マエストロを頼りに弾き進めて行きます。

ピアノ舞台稽古の最初の数日は、ピットを下げずに舞台とほぼ同じ高さにして稽古することもあります。

以下のリンクは、2016年9月に参加した新国立劇場「ワルキューレ」のピアノ舞台稽古の記事です(新国立劇場Facebookより)。
ビットが上がった状態で弾いている写真が掲載されています。
https://www.facebook.com/nnttopera/posts/1184421531624124

ピアノ舞台稽古の最終日には通し稽古が行われ、KHP(Klavier Hauptprobe)と呼ばれます。

歌手は衣装・メイク付きで、舞台上は本番さながらの状態になりますが、その後のオーケストラ付き舞台稽古に備えて、声をあまり出さずにセーブして歌う歌手もいます。
その場合ピアノも音量を小さめにして弾くなどの配慮が必要です。

ピアノ伴奏で行う稽古はこれでほぼ終了で、その後はオーケストラ付き舞台稽古(Bühnenorchesterprobe)になります。

オーケストラ伴奏での舞台稽古が2日~4日ほど行われ、新制作の場合はさらにゲネプロ(最終通し稽古、Generalprobe)があり、そしていよいよ本番です。

カヴァー稽古

カヴァー歌手のいるプロダクションでは、舞台稽古が行われる頃、並行してカヴァー歌手のための稽古が行われます。

カヴァー歌手とは、本番に出演する歌手(本役)に何かあったとき代役を務めるためにスタンパイしてる歌手のことです。

本役歌手の怪我や病気での急な降板など、いつ何があるかわかりませんので、いつでも出演できるように準備をしておかねばなりません。
カヴァーはとても大変な仕事ですが、オペラ公演を無事に開催するための重要な存在です。

実力のあるカヴァー歌手達の披露の機会として、カヴァー歌手による公演が行われる場合もあります。

以下は2015年1月に出演した、新国立劇場・特別企画《さまよえるオランダ人》演奏会形式の公演記録とゲネプロの様子です。
カヴァー歌手総出演によるセミ・ステージ形式、ピアノ伴奏で行われました。

新国立劇場 舞台写真・公演記録
https://www.nntt.jac.go.jp/enjoy/record/detail/37_006207.html

WEBぶらあぼ ゲネプロレポート
https://ebravo.jp/archives/15695

公演中の仕事

公演期間に入ると、コレペティトールの仕事は通常はあまりなく、客席や楽屋モニターで公演を観ます。

「サロメ」のユダヤ人や、「ラインの黄金」「神々の黄昏」のラインの乙女、「ワルキューレ」のワルキューレンなど、合わせるのが難しいアンサンブルがある演目では、公演当日の出番直前に確認稽古をすることがあり、弾きに行きます。

直前に合わせることにより歌手の安心にもつながり、アンサンブルの精度が上がるので効果的です。

サロメ ユダヤ人アンサンブルの楽譜

また、稀ではありますが、本役の歌手が出演できなくなり、カヴァー歌手が代わりに歌うことになった場合、急遽音楽や演技を確認する稽古が行われることがありますので、その際も出動します。

その他に、舞台裏で演奏に参加することもあります。
「ラインの黄金」の転換音楽の中の金床の音(アンボス)や「死の都」の鐘の音をキーボードで演奏したり、「オテッロ」冒頭のオルガンの持続音を担当したこともありました。

それから、モーツァルトなどのセッコ・チェンバロや、オーケストラの中でチェレスタなど鍵盤楽器を弾かれるコレペティトールの方もいらっしゃいます。

字幕や照明のキュー出しをコレペティトールが担当する場合もあります。

以上、オペラの稽古期間の後半から公演までの仕事についてお伝えしました。
これでコレペティトールのお仕事シリーズは終了です。

基本的に裏方で、表に出ることの少ない職業ですが、世界中の全てのオペラ公演には陰ながら貢献しているコレペティトールがいます。
そのことを知っていただくきっかけになれば幸いです。

Follow me!