コレペティトールのお仕事② 準備編

ばらの騎士 ヴォーカルスコア

コレペティトールはオペラの現場で仕事をするために、ピアノ曲の譜読みとは全く違った特殊な準備を行います。
長く複雑なオペラであるほど、初めて譜読みする際には膨大な時間と労力を要します。

例えば、ばらの騎士のヴォーカルスコアは442ページ、マイスタージンガーは514ページもありますので、気の遠くなるような作業です。
長期的計画が必要で、私はこの2作品については1年かけて準備しました。

今日はその準備の詳細について書きたいと思います。

役ごとに色分けする/譜めくり対策をする

ファルスタッフ 2幕2場より

オペラのヴォーカルスコアには、歌のパートとピアノパートが書かれています。

複数の歌手による重唱、アンサンブルの場面では、歌のパートが何段にも及ぶため、どの段がどの役のパートなのか一目で分かるように、役ごとに色分けをします。

写真はファルスタッフの2幕2場、アンサンブルの場面です。
ナンネッタがピンク、フェントンが水色、というように決めて、歌詞の下に色鉛筆でアンダーラインを入れます。

これはしなくても分かれば良いのですが、視覚的な助けになるので、取り入れるコレペティトールは多いようです。この作業を全曲に渡って行います。

この写真のように多いときは10段以上にもなり、1ページに1小節しか入らず、2小節ごとに譜めくりが必要になります。

稽古場では譜めくりをしてくれる人はいないため、常に自分でめくりながら弾かねばなりません。
そのため、めくりやすいように楽譜に予めある程度しわをつけて空気を含ませておきます。

また、めくる瞬間は片手のみで弾くことになるので、どのタイミングでめくるか、どの音を省くかなどを決めて、めくりながら弾く練習をしておくことも重要です。

歌詞の内容を把握する

オペラの譜読みにおいては、あらすじはもちろん、歌詞の内容を把握することが大切です。

歌手に個人稽古をつける際には、歌詞の内容に即したアドバイスが必要ですし、どんな心情を歌っているのかによって弾き方も違ってきます。

そのため、対訳本等を読んでヴォーカルスコアに訳を書き込んだり、単語の意味を調べたりして歌詞を勉強します。

私が活用している対訳は、音楽之友社のオペラ対訳ライブラリーアウラ・マーニャのイタリアオペラ対訳双書、おぺら読本出版などの対訳本、またCDに添付されている対訳書や、インターネット上で公開されているオペラ対訳プロジェクト@WIKIなどです。

ピアノパートをさらう/オーケストレーションを知る

サロメ、蝶々夫人のヴォーカルスコアとフルスコア

当然のことながら、ピアノパートをさらって弾けるようにします。

オペラのヴォーカルスコアはピアノ曲と違って、オーケストラのパートをピアノで弾けるように編曲したものなので、書いてある全ての音をそのまま弾く必要はありません。

前回の楽譜編で記したように、版によって様々な編曲があり、音が多すぎて弾きにくいものもあれば、音が少なすぎて足りないものもあります。
オーケストラで聴くとかなり大きく聞こえる重要な音が抜けていたり、逆にオーケストラではほとんど聞こえない細かい音が書かれすぎている場合もあります。

なので、自分で音を足したり削ったりしながら、弾きやすいように、またオーケストラのサウンドに近づけるように工夫することが必要です。
例えばコントラバスのベースやティンパニなどが抜けている場合、それらを足すと重低音が充実し、オーケストラに似た音の厚みが出ます。

オーケストレーションを知るためには、オーケストラのフルスコアを参照します。

フルスコアでどのメロディーや和音をどの楽器が弾いているのかを見て、私はヴォーカルスコアに楽器名を書き込むようにしています。
ペータースやショットの版など、もともとある程度楽器名が書かれている楽譜もあり、便利です。

ヴァイオリンなのかオーボエなのかホルンなのか、弦楽器のみなのかTuttiなのか、知ることにより音のイメージができ、弾き方が変わってきます。

ヴォーカルスコアをなぞるだけではわからない情報の宝庫です。

音源を聴く

一つの作品につき複数の音源を聴き、オーケストラのサウンド、テンポの傾向や慣習的なアゴーギクなどの情報を得るようにしています。

時代や指揮者によって様々な演奏があるので、各種聞き比べてどんな可能性があるのかをリサーチしておきます。

以前は写真のようにCDを何枚も買っていましたが、最近はナクソス・ミュージック・ライブラリーやアマゾン・ミュージックなど、オンライン上で沢山の音源を聞けるようになり、本当に便利になりました。

コレペティトールは音楽稽古や立ち稽古で指揮者を見て弾きます。指揮者がどんな風に振っても対応できるように準備をしておく必要があります。

何度も共演している指揮者ならある程度傾向がわかりますが、初めての指揮者だと予想がつきません。また、同じ指揮者でも、共演する歌手やオーケストラ、演出などによってテンポや表現が違ってきますし、解釈が変わることもあります。

その都度柔軟に対応するために、こちらも引き出しを増やしておくことが大切です。

また、歌のパートについては、どこでブレスをすることが多いか、どの音を伸ばす傾向にあるかなど注意して聞いておきます。

弾き歌いの練習をする

ラインの黄金 第一場より

コレペティトールは歌手に稽古をつける立場なので、歌のパートの正しい音程、リズム、発音を把握し、歌えるようにすることも必要です。

上記のように歌詞の内容を勉強したり、音源を聴いたりして、ブレスやフレージングなど歌い方についても研究します。
発音のわからない単語があれば、発音記号も調べます。

また、個人稽古では、相手役のパートを歌いながら弾かなければなりません。
アンサンブル稽古でも、常に全ての歌手が揃うわけではないので、いない歌手のパートを歌わなければならない場合もあります。

そのために、弾き歌いの練習も行います。
ピアノパートを全部きちんと弾きながら歌うのは難しい箇所もあるため、その際はピアノは簡素化したり、右手を歌のメロディーに変えて弾いたりするのも有効な手段です。

以上、コレペティトールの仕事の準備についてお伝えしました。

次回は、コレペティトールのお仕事③実働編です。

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