コレペティトールのお仕事① 楽譜編

コレペティトールはオペラのプロダクションにおいて、ピアノを弾きながら歌手に個人稽古をつけたり、音楽稽古や立ち稽古、舞台稽古などでオーケストラの代わりに伴奏します。

今日はその際に使用する楽譜について書きたいと思います。

オペラを弾く際には、ヴォーカルスコア(Klavierauszug)を使用します。オーケストラパートをピアノ一台用に編曲した楽譜です。

また、オーケストラのフルスコアも参照し、音のイメージを作るようにしています。

多くのオペラのヴォーカルスコアは複数の出版社から出ていますので、選択が必要です。

私の場合、モーツァルトはベーレンライター(Bärenreiter)、ベルカント・オペラやヴェルディ、プッチーニはリコルディ(Ricordi)、ヴェリズモ・オペラはソンツォーニョ(Sonzogno)、ワーグナー等ドイツ・オペラの多くはペータース(Peters)、R.シュトラウスはフュルストナー(Fürstner)の版を主に使用しています。

版によって編曲が違い、音の多さや弾きやすさ等に差があるので、見比べて自分が良いと思う版を選ぶことも可能です。
ただ、プロダクションによって版が指定されていたり、その時々で主流として多く使われている版というものがありますので、それに従うようにしています。

以下、作曲家やジャンルごとに例を挙げていきます。

モーツァルト

モーツァルトの場合はペータースかベーレンライターが使われることが多く、リコルディを使用することはほとんどありません。

以前はペータースが主流でしたが、ベーレンライターの新モーツァルト全集が出版されて以降、この版が広く普及しました。
私がこの仕事を始めた頃は既にベーレンライターが流行していましたので、こちらを選択しました。

また、同じベーレンライターでも再版される際に編曲やページ割りなどが大きく変わることがあり、私が持っている版と、その後何度か再版されたものではかなり違っていたりもします。

編曲の面ではそれぞれに弾きやすい部分、弾きにくい部分があるため、いくつか見比べて良い所取りをするという手もあるでしょう。

弾きやすいかどうかだけでなく、オーケストラの聞こえ方に近いかどうか、という判断も重要です。

自分で加筆修正をしてオーケストラの音に近づける作業も行いますが、これについてはまた別の機会に詳しく書きます。

イタリア・オペラ

イタリア・オペラの多くはリコルディ版の使用が主流ですが、リコルディからはシカゴ大学と共同出版の批判校訂版(通称シカゴ版/新版)も出ています。

ベッリー二「カプレーティ家とモンテッキ家」やヴェルディ「リゴレット」などは、どちらの版を使うかよく問題になります。
歌のパートの音、リズム、歌詞、ピアノパートの音や編曲など多くの違いがあり、プロダクションや研修所のクラス等によってその都度選択されます。

「リゴレット」のピアノ編曲に関しては、シカゴ版は弦楽器の連打をそのままの形で書いてあるのに対し、昔ながらのリコルディ版は連打をピアノで弾きやすい音型に変えて書かれています。
弾くのは楽ですが、もともとの音型と違うため、違和感を覚えることもあります。
この辺りは趣味ですが、私は連打が大変でもシカゴ版の方を選びました。

それから、シカゴ版とは別に、表紙のデザインや内容の違う新しいバージョンのリコルディ版があります。

表紙のデザインのみ新しく、中身は旧バージョンと同じものもあれば、中身のページ割り等が変わっているものもあります。
イタリア語の歌詞の上に英語等の歌詞が書いてあって見にくくなっているものもあるので、注意が必要です。

また、この新しい楽譜は背表紙の糊付け方法が強力で、固くてなかなか開きづらくページが戻って来てしまうので、使いにくく感じるピアニストも多いようです。

私はなるべく古いバージョンの方を探し、また可能であれば紙装ではなく布装を買うようにしています。布装の方が開きやすく、安定します(個人の使用感です)。

ワーグナー

ワーグナーの楽譜はペータースが主流ですが、ブライトコプフ(Breitkopf)やショット(Schott)の版も使用されています。

それぞれ歌詞が異なることがあるため、歌手が別の版を使っている場合にはその都度確認して、どちらの歌詞で歌うか相談、決定します。

ワーグナー作品に関してはペータースのピアノ編曲は優秀で、そのまま弾けばオーケストラの音に近く、またそれほど無理なく弾けるように書かれているので、私はこれ一択です。

ただ、ペータースでもベートーベン「フィデリオ」などは簡略化して編曲されすぎていて、寂しく感じる部分も多いので、かなり音を足して弾いています

R.シュトラウス

左がBoosey&Hawkes、右がFürstner

R.シュトラウスの楽譜は、フュルストナーやブージー&ホークス(Boosey & Hawkes)から出ています。

「ばらの騎士」を例に取ると、私はフュルストナーを使っていますが、このピアノ編曲はとても音が多く複雑で、そのままでは弾くのが不可能な箇所が多いため、重要な音を選び、オーケストラではあまり聞こえない細かい音などは省略して弾いています。

ブージー&ホークスの方はかなり音が少なく弾きやすいですが、逆に少なすぎて物足りない印象です。
こちらを使って音を足して弾く方法もありますが、私はフュルストナーで音を省く方を選びました。

以上、オペラで使用するヴォーカルスコアについて、コレペティトールの立場からお伝えしました。

次回は、コレペティトールのお仕事②準備編です。

Follow me!